「嫌われた監督」(鈴木忠平著)

「嫌われた監督~落合博満は中日をどう変えたのか」(文藝春秋)鈴木忠平著

プロローグ 始まりの朝

第1章 川崎憲次郎 スポットライト

第2章 森野将彦 奪うか、奪われるか

第3章 福留孝介 二つの涙

第4章 宇野勝 ロマンか勝利か

第5章 岡本真也 味方なき決断

第6章 中田宗男 時代の逆風

第7章 吉見一起 エースの条件

第8章 和田一浩 逃げ場のない地獄

第9章 小林正人 「2」というカード

第10章 井手峻 グラウンド外の戦い

第11章 トニ・ブランコ 真の渇望

第12章 荒木雅博 内面に生まれたもの

エピローグ 清冽な青

500ページ近くある分厚い本を読むのは数年ぶり。でも、一度読み始めると止まりませんでした。次から次へとクライマックスが襲ってくる臨場感と緊張感。

落合氏から放たれる言葉やその言葉の裏側にある思いを著者の鈴木氏が活字にすることで、落合氏の心や頭の中の見えない部分が時々顔を覗かせる。

その一文字一文字が、一言一言が重く私の心に刻まれていく。

『嫌われた監督』というタイトルの本を読んで目頭が熱くなる、、、そんなことは私自身が予想もしていなかったこと。読み終えた後、今でも、胸のどこかが圧迫されているような気がする。

「選手ってのはな、お前らが思っているより敏感なんだ。あいつらは生活かけて、人生かけて競争してるんだ。その途中で俺が何か言ったら、邪魔をすることになる。あいつらはあいつらで決着をつけるんだよ」

「スポーツは強いものが勝つんじゃない。勝った者が強いんだ」

「勝負事は勝たなくちゃだめだということなんだ。強いチームじゃなく、勝てるチームをつくるよ」

「勝てば客は来る。たとえグッズか何かをくれたって、毎日負けている球団を観に行くか?俺なら負ける試合は観に行かない」

人々は結果に一喜一憂する。答えが出るまでに、誰がどのような決断を下したのかはほとんど知らない。4番バッターの、ストッパーの、そして指揮官の葛藤を知る由もない。それがプロ野球だ。

勝利のパターンは決まっていた。ゲーム中盤までにリードして、あとは徹底的に逃げ切る。ロマンやカルタシスの入り込む隙のない粛々とした進軍だった。感情を消し去り、つながりを断ち切り、自らの持ち物を減らしながら、研ぎ澄まされていった落合は、勝利以外のあらゆるものから解脱した僧のようだった。

「岩瀬で負けたらしょうがねえじゃねえか」

「監督ってのはな、選手もスタッフもその家族も、全員が乗っている船を目指す港に到着させなきゃならないんだ。誰か1人のために、その船を沈めるわけにはいかないんだ」

「プロ野球選手は球団の社員じゃない。NPBの社員でもない。個人事業主だ。もし大会に出て呼称して、飯が食えなくなったら、誰が保償してくれる?」

おそらく落合は常識を疑うことによって、ひとつひとつ、理を手に入れてきた。そのためには全体にとらわれず、個であり続けなければならなかったのだ。

プロ野球と言えど、多くの者はチームのために、仲間のためにという大義を抱いて戦っている。ときにはそれに寄りかかる。打てなかった夜は、集団のために戦ったのだという大義が逃げ場をつくってくれる。ところが、落合の求めるプロフェッショナリズムには、そうした寄る辺がまるでなかった。

「よくファンのために野球をやるっていう選手がいるだろう?あれは建前だ。自分がクビになりそうだったら、そんなこと言えるか?そうやって必死になって戦って勝つ姿を、お客さんは見て喜ぶんだ。俺は建前は言わない。建前を言うのは政治家に任せておけばいいんだ」

反逆者のイメージが強かった落合の口から語られる野球論はだれよりも論理的だった。基本技術から守備陣形などの戦術まで、指導者をしのぐほどの知識をもっていた。

「心は技術で補える。心が弱いのは技術が足りないからだ」

「どんなことがあっても頭から飛び込むな。レギュラーってのはな、1年間すべての試合に出なくちゃならないんだ。もし飛び込んで怪我したら、お前責任取れるか?勝敗の責任は俺が取る。お前たちは、自分の給料に責任を取るんだ」

落合は勝ち過ぎたのだ。勝者と敗者。プロフェッショナルとそうでないもの、真実と欺瞞、あらゆるものの輪郭を鮮明にし過ぎたのだ。

「俺は、たまにとんでもなく大きな仕事をする選手より、こっちが想定した範囲のことを毎日できる選手を使う。それがレギュラーってもんだろう」

常識の裏側にある理を求める。真実と欺瞞の輪郭を鮮明にする。そのストイックな行為は多くの人を敵に回す行為にもなりかねない。そして、嫌われてく。

誰しもが人からは嫌われたくはない。一方で、何かをなすべきためにも、あえて嫌われることを受け入れていく人もいる。さらに落合氏の場合は「嫌われる」とか「嫌われない」とか、その次元をも超越したところでの勝負に挑んでいます。

これは会社経営を勝負の場とする経営者にも言えること。さて私は、どこへ向かうべきか。良き指南書となった『嫌われた監督』。

あと少しでプロ野球も始まります。今年のプロ野球は、いつもと違った視点から観戦してみようかなと思っています。