私は今から20年近く前、海外で生活したり、外資系金融機関で勤めていたり、英語を使わなければならない環境にいました。当時30歳近く。大学受験用に「英語」を勉強してから長い時間が経っていました。
外資系金融機関で勤務していたころ、海外との電話会議が嫌で嫌で仕方ありませんでした。電話の向こうで話すNYウォール街のお偉い方々が何を言ってるのよくわからない。電話越しでよく聞き取れない、話すスピードが速い、独特のアクセントと単語の使いまわし。
質問しても、返ってくる回答や説明自体がよくわからないという悪循環。会議が進めば進むほど増長されていく緊張感や焦燥感。今でも夢の中に出てくることがあります。
それが今から20年近く前のこと。
今は生活面でも仕事面でも英語を「話さなければならない」環境にはいません。状況や誰かに強制されることもなく、自由気ままに英語を学習できる環境です。
しかも今はYoutubeやPodcasts、アプリ、英語学習ブログ、オンライン英会話など、その気になれば手軽でリーズナブルに英語を学習できる環境が整っています。
英語を学習していると、新しい発見と気づきがたくさんあります。文化背景や思考の違いから生まれる、日本語と英語の文法や単語、表現の違い。
たとえば、
①Why did you come to Japan ?
②What brought you to Japan?
どちらも中学生で習うレベルの英語表現ですが、ニュアンスは違います。初めて会う外国の方に①の表現で尋ねると、状況や相手によっては眉をしかめる人もいるかもしれません。もちろん、イントネーションや表情にもよります。
同じコミュニケーションでも、状況に応じてお互いが気持ちよく心が通じ合う方法でコミュニケーションしたい。そんな思いで英語の学習を進めていくと、新しい発見と気づきがたくさんあります。そしてまた、自分の未熟さや今自分が生きている世界の狭さなどもよく見えてきます。
趣味としての英語
娯楽としての英語
頭の体操としての英語
教養としての英語
「気の利いた」コミュニケーションのための英語
世の中の動きを感じるための英語
自分自身を見つめるための英語
私にとって英語の位置づけが昔とは大きく変わりました。英語学習のためのまとまった時間はなかなか取れませんが、短いスキマ時間は誰にでも与えられています。そんなスキマ時間をつかって毎日英語に触れるように心がけています。
継続こそが力なり。